NBI 日本バイオロジカルズ
 


第4回NBI対談

NBI対談 第4回
  with 鈴木陸三 Rikuzou Suzuki

すずきりくぞう

株式会社 サザビー
代表取締役最高経営責任者(CEO)                    


鈴木陸三氏 プロフィール

神奈川県逗子 生まれ

1966年(昭和41年) 3月 明治学院大学 文学部 社会学科 卒業

1966年(昭和41年) 4月 株式会社 明治通商 入社

1972年(昭和47年) 4月 株式会社 サザビー 設立 代表取締役社長

1987年(昭和62年) 6月 株式会社 キハチアンドエス 取締役

1998年(平成10年) 4月 株式会社 アニエスベーサンライズ 代表取締役会長(現任)

1999年(平成11年) 6月 株式会社 サザビー 代表取締役最高経営責任者(CEO)(現任)

2000年(平成12年) 4月 株式会社 サザビー 
            アフタヌーンティーライフスタイルカンパニー/プレジデント(現任)

2000年(平成12年) 9月 株式会社 エストネーション 取締役(現任)



所:
本日は大変お忙しい中、日本バイオロジカルズ株式会社(NBI)の鶏鳴新聞連続対談シリーズにご登場いただきまして、誠にありがとうございます。NBI対談シリーズの目的は、日本で活躍する各界の方々とお会いし、その活動・現状などをお聴きすることにより、日本の養鶏産業の未来を模索するヒントを得ようということです。本日は、株式会社サザビー代表取締役鈴木陸三さんに貴重なお時間をいただきお伺いします。
先ず、鈴木社長は現在サザビーグループの代表として、アフタヌーンティー、アニエスベー、スターバックス・コーヒー事業など、多岐の事業に取り組んでいらっしゃいますが、これらの事業をここまで成長させてきたきっかけ、またその経緯などをお話いただけますでしょうか?



鈴木:
そうですね、僕は大学卒業後貿易商社に勤務しましたが、10ヶ月で辞めました。学生時代は、今東京都知事をしている石原慎太郎さんらと逗子でヨットをやっていました。そんな関係で、就職のときも慎太郎さんがいろいろな会社を紹介してくれたりはしたのですが、一つの職について方向性を決定してしまうといったことを僕は正しく思えなくて、30歳位まで自由でいようと思いました。



所:
石原慎太郎知事は私の大学の先輩にあたりますが、ヨット仲間としてはどんな感じだったのですか?

鈴木:
それは船長と水夫の関係です。もちろん私が水夫ですが・・・。ロサンジェルスからハワイまで、日本人7人、アメリカ人2人のチームで太平洋横断もしました。そんな関係もあり、サラリーマンを辞めた後、僕は慎太郎さんが参議院議員に立候補して圧勝して当選したとき、彼のかばん持ち、慎太郎さんの選挙参謀として2年程働いていました。無給ですから結構自由に意見もいい、思ったことを実行させてもらいました。そこでの実績が評価されて、あるリゾートホテルのオープニング・キャンペーンの仕事にリクルートされ、そこでしっかりお金を稼いで、貯めたお金でヨーロッパに渡りました。26歳の頃です。香港、ベトナム、カンボジアからバグダッドに通じ、南アフリカから北部アフリカを縦断し、結局半年かけてロンドンに到着しました。その後約3年、ヨーロッパをくまなく歩きました。



所:
その頃は、人が今のように海外旅行を気楽にするという時代ではないですよね。20代後半の3年間を費やしたヨーロッパでの生活によって、自らの方向性・目的など定まりましたか?

鈴木:
そこが私も凡人で、30歳になったからこうだという訳にはいかなかったのですね。でも、3年の欧州の生活に区切りをつけて日本に戻ってきたとき、それなりにファッション感覚ができていて、モノに付加価値をつけ、自分の持っているネットワークをつかえば何かやれると考え実行しました。Tシャツに少しデザインを入れれば下着でもアウターウェアになるとか。



所:
なるほど。クリエイティビティによる付加価値の創造ですか。

鈴木:
僕が幸運だったのは、これだというピンポイント的にある事に特化するといったことではなく、いろいろ経験したことに対し、自由な幅を持つようにしたことです。1972年にサザビーを設立したのですが、旅が好きでしたので、旅のアイテムでもあるバックのデザインなどから始め、他社に提供していたのですが、その後これは自分のブランドを販売していった方がいいぞ、ということに気が付き、自分でつくったものは自分のブランドで売ることにしました。"クリエイティブ・リテイラー"という考え方を確立しました。

所:
その"クリエイティブ・リテイラー"ということばは初めて聞きましたが、鈴木社長の体験に基づいて形成された概念ですか?



鈴木:
僕がつくったというか、これまでの経験の融合から私が使用していることばであり考え方です。そこには第一にマーケットを掘り起こすこと、第二に商品を具現化すること、第三にお店が半歩先の情報を提供し続けていることといった考え方です。これを我々は自然に身に付けていったのです。

所:
そのような背景から、生活雑貨のアフタヌーンティーが誕生したのが、1981年ですね。80年代にはアニエスベーとの合弁設立、そしてレストランキハチの展開、90年代に入りスターバックス・コーヒーとの合弁設立など、次々新たな取り組みをなされ成功されていますが、これらの事業展開は、計画的なものでしたか?



鈴木:
アニエスベーやスターバックスとの提携に関して云えることは、両方とも人の紹介がその事業、そして創業者と会うキッカケです。会ってみて、自分の感性と先方の人柄やビジネスが合致したからスタートすることになりました。当然企業としてのビジネスですので、十分な準備期間を以って仮説検証をしますが、基本はその事業の日本における展開を自分流に自由におもいっきり日本の風土にあったやり方でやらせてくれるならやりましょうということです。私のやり方はどちらかというと、戦略的に構築していくのではなく、オプティミスティックな概念に基づいています。

所:
コラボレーションの概念は、50:50(フィフティ・フィフティ)の考え方ですか?



鈴木:
両事業とも50:50です。その方が、やる気がするでしょう。結果として、アニエスベーは現在42店舗、そして、スターバックスは260店舗となっています(6月末現在)。

所:
最近、三菱地所とアフタヌーンティーのコンセプトを取り入れたマンションが好評(6月現在7ヶ所)ですが、今後は鈴木センスの"街づくり"なども手掛けられるのではと期待しています。さて、最後の質問ですが、鈴木社長はタマゴはお好きでしょうか?また鶏肉はよく食べられますか?

鈴木:
大好きです。先ほども親子丼を食べてきました。また、僕は"Week Endタマゴ"といって週末にタマゴを食べます。これが実にうれしいですね。裕福な食事に感じられます。今度我が家にご招待しますが、僕の得意なタマゴ料理はクワントローをとろっと垂らして、チーズとか生クリームを入れてつくるのです。これは、初恋の味といいますか、何ともおいしいのです。是非食べにきて下さい。



所:
本日はお忙しい中、本当にどうも有り難うございます。お言葉に甘えて鈴木社長のタマゴ料理を食べに伺いたいと思います。リキュールをタマゴに入れるとはかなり独創的ですね。さっそく週末にためしてみます。本当に今日は有難うございます。